ホメオパスプロフィール

わたくし、センター長 本康優子のプロフィールやホメオパシーとの出会い、自身のホメオパシー体験について。

ホメオパスプロフィール

本康優子です
1968年生まれ
てんびん座のA型です
「声が」素敵とよく言われます
一度、聞きにいらして下さい

本康優子(モトヤスユウコ)

日本ホメオパシーセンター静岡浜松 ホメオパス/センター長

2004年3月
・RAH(ロイヤルアカデミーオブホメオパシー)5期卒業

2004年5月
・HMA(英国ホメオパシー医学協会)認定ホメオパス(No.1194)

2004年5月
・JPHMA(日本ホメオパシー医学協会)認定ホメオパス(No.159)

2005年1月
・ホメオパシーセンター静岡浜松 開設

2007年9月
・フランス人産科医ミシェル・オダン氏デューラ講座修了

講師歴

・ホメオパシーセルフケア講座(日本ホメオパシーセンター愛知岩倉)

・暮らしの学校(愛知県岡崎市)ホメオパシー講座

・愛知大学オープンカレッジホメオパシー講座

その他の資格

・NPO法人日本プロカウンセリング協会認定カウンセラー

・ジャパンエコールデアロマテラピー認定アロマセラピスト

・シータヒーリング基礎DNAコース 修了

・2015年5月 ヒマラヤンヒーリングプラクティショナー
   (プループリント協会認定)
・2015年5月 フラワーエッセンスプロ養成講座修了
   (フラワーエッセンススクールアンジェリ認定)

気ままなOL時代・インドの魅力

旅行が好きで、22歳の時初めてインドを旅して、混沌とした貧困の中にある明るさと強さと生命力に圧倒され、 すっかりインド好きに。

その後、インド舞踊を習い始めたり、ヨーガに取り組んだりしているうちに 身体と精神の深いつながりを感じ、おのずと「健康」や「病気」についてココロとカラダは切り離しては考えられないのだ! と思うようになりました。

会社勤めをしながら、カウンセラー資格を取ったり、アロマセラピストとして 仕事をかけもちしていた時期もあります。

ホメオパシーとの出会い

ホメオパシーを知ったのは、アロマをしていた1997年頃。

「ホメオパシー」という名前は聞いたことがありましたが、実際に体験する機会がおとずれたのです。

ある方の協力をして、私が以前から悩まされていた「ひどい生理痛」をホメオパシーで何とかしてみようと、試してみたのです。

初めて見るレメディーは、何とも可愛らしい白い砂糖玉で、なめるとほんのり甘い。

毎日楽しみにしながら数日間摂り続けました。

そして、レメディーを摂り終えて初めての生理がやってきました。

それが、痛いのなんのって!一晩中トイレから出られずに、身体を二つ折りにして

一人暮らしのアパートのトイレで、たすけてぇ〜と叫びながら唸っていました。

あの夜ほど、朝が待ち遠しかった日は記憶にありません。

これこそが、ホメオパシーでいう「好転反応」だったのです。

その翌月の生理からは、嘘のように痛みがなくなり、ビックリ!

この経験を機に、ホメオパシーをもっと知りたい!実践してみたい!と思い自分もホメオパスになろうと決心し、 RAHの5期生として入門しました。

自身のホメオパシー体験

ところが、ホメオパシーを学び始めてすぐ、体全体の関節が、次々に炎症を起こすという、 いとも奇妙な症状が、私の身体を蝕みはじめました。

RAHに入学したばかりの頃、学長の由井寅子先生が

「ホメオパシーを学び始めると、色んな病気が自分にふりかかってくるけん、 覚悟しとかないかんよ。あんたたちは、試されとるんよ。」

とおっしゃっていたのですが、まさか!ほんとに!うっそ〜(笑)という感じでした。

病院へ行っても、全く原因が分かりません。日々、膝や腕、手足の指や肩関節までもが、 1週間おきに腫れては治まる・・・という、困った症状を繰り返しました。

最も酷いときは、ベットから降りることすらできないほど、痛みました。

何しろ、まだ学び始めて1ヶ月の学生だった私は、慌てて先輩ホメオパスに連絡し 自分でも試行錯誤を繰り返しながら様々なレメディーを試し、一切のお薬を飲んだり 塗ったりせずに、その症状を治すことができました。当時の、完治に至るまでの道のりは、忘れられません。

始めにとったラストックスというレメディーで、すぐに症状がよくなったので コレはいける!と思ったのも束の間、同じ痛みがやがて戻ってきてしまいました。

ポースティーラというレメディーを飲んだ翌日は、突如私の右足の膝が通常の 2倍ほどの大きさにパンパンに腫れあがって、一歩も動けない状態になったこともあります。

これは、一生抱えていかなければならない病気になるかも、と不安に怯えた時期もありました。

でも、そんなひどい状態にいたのに、ソライナムというレメディーをとった時に、 不思議と「大丈夫。何とかなるさ。」という、妙に穏やかな気持ちになったのを、よく覚えています。

最終的には、小さな小さな痛みを、右足の膝(一番最初に発症した部分)に抱えたまま、数ヶ月を過ごしていたのですが、 ファイトラカというレメディーを取った翌日、気がつくと、その小さな痛みは消えてなくなっていました。
(この痛みの消え方は、ホメオパシーでいう「治癒の方向性」の教科書通りの反応です。)

それ以来、一度たりとも関節の腫れや痛みは起こっていません。

そして3年後、浜松〜東京間を往復すること50回以上のRAHでの勉強を終えて、無事ホメオパスとなりました。

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